眼鏡を新調した

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考えてみれば、自分が身につけている人工物は、衣服や帽子を別にすれば、眼鏡が唯一のものであり、それは身体の一部と思えるほどに馴染んでしまっている。

およそファッションに関心のない私は―幼少期は貧乏だったので安物の服や母が手作りする服をあたりまえのように着てまったく平気だった―、優れたファッションセンスを持っている人に遭遇すると、「すごいなあ、素敵だな」とは思うが、真似てみようとも、自分もそうした水準に至らなければダメだ、とも思わない。「汚い」「見ていて恥ずかしい」とは思われたくないけれど、「ダサい」と言われてもしかたがないかな……と思いつつ、見る人に不快感を与えなければそれでいい、というのが、今でも変わらないスタンスだ。

眼鏡はファッションではないけれど、それなしでは過ごせない以上、そして顔の印象を決める大きな要素になるから、やはり慎重に選ばざるを得ない。時々「ほんとうに眼鏡が似合っているな」と思える人に出会うことがあって、自分にもそれくらいの「お似合い」なら選ぶことならできるのではないか、と思うのだ。眼鏡のフレーム選びは、その意味では、私にとっての唯一のファッションであるのかもしれない。

もちろん眼鏡で何より肝心なのは、視力の低下をどれくらい上手に補ってくれるか、よりクリアに、肌になじむような感じで違和感なく、モノが見えるようになるか、である。

15歳から今の齢に至るまで、一日たりとも眼鏡にお世話にならなかった日はない。近視、乱視、遠視……と視覚の不具合が進行するなかで、コンタクトレンズも使わず、レーシック手術も施さず、なんとか眼鏡だけでやりすごしてきた。本を読み、PCで文字を読み書きする時間がどうしても多くなり、目を酷使していてよろしくないな、と長年感じてはきた。それだけに、昨年「飛蚊症」の症状が出たのを自覚した際は、「来るものが来たな」という気がした。眼科に行ったところ、「まだ大丈夫ですが、いずれ白内障が出てくるでしょうから、その時には眼内レンズ装着の手術も検討してみてください」と言われ、若干落ち込んだけれど、「とにかく今の段階では、眼鏡をよりよいものに変えることで、見え方の違和感をできるだけ減らすようにしよう」と思ったのだった。

今日、眼鏡店に行って眼鏡を新調することにした。これまで、外出用の遠近両用の眼鏡(近視と乱視)と室内での作業用の眼鏡(遠視:老眼)を使い分けていたのだけれど、いよいよ外出用で近くを見る場合での、特に右目でのボヤけ具合がひどくなり、我慢ならなくなったからだ。もう遠方がいつもそれなりにクリアに見える、ということは手放して―そうしたい時は今使っている遠近両用の眼鏡につけ替えて―、ごく近い手元を除いて2メートルぐらい先までがはっきり見えるようにしようと、眼鏡を新調し、それを今後の常用とすることにした。

おそらく今一番利用されている、価格が安いことでも人気のあるチェーン店ではあったけれど、幸い、対応してくださった女性の店員さんがとてもしっかりした方で、私から尋ねたいろいろな質問に―やっかいで即答が難しいものもあっただろうに―丁寧に答えてくださり、私としても、「よい眼鏡が作ってもらえるだろう」と納得できて、ありがたかった。

5日後に出来上がってくる眼鏡を取りに行くのが楽しみだ。でも、「この眼鏡が、眼鏡との一生の付き合いの最後になるのかな」という気がしないでもないので、ちょっと複雑な思いもしている。

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