電車内奇譚その3

生活

うんと昔の学生時代のこと。都営三田線のある駅から歩いて10分ほどの所に下宿していた当時、市民運動関係で知り合った年上の男性に誘われて、同じ三田線の3つほど先の駅の近くに住む彼のお宅を訪ね、酒を酌み交わしながら深夜まで語り合うことがあった。1時間ほど仮眠をとって、明け方の白々としはじめた街を、二日酔いっぽい感じで多少ボーッとしながら歩いて駅に向かい、始発の地下鉄に乗った時のことである。

乗った瞬間に、ドキッとさせられる光景が目に飛び込んできた。

車両の全部の座席が隙間なく人で埋まっていて、座る所がない。しかも立っている人が誰もいない。誰も何もしゃべっておらず、音がしない。しかも全員がまるで隣に人がいないかのように、ポツンとした感じでじっと前を向いている……。

何か見てはいけないものを見ているような気がして、そろりそろりとその車両を抜けて次の車両に向かう。誰も私の方を見つめる気配がないようだが、無言のまま前を向いてじっとしているこれらの人は、男も女も全員が初老の人々でひどく風采が似ているように見える。

地下鉄が静かに走る中、次の車両に入る扉を開けて、足がすくんだ。先ほどまったく同じ光景が広がっている。「エッ、どういうこと? 何が起こっているの?」と気が動転しつつ、左右を見ないようにしてその車両を恐る恐る抜けていく。

次の車両でも同じ光景を目にした私は、もうたまらなくなって、開閉扉の方に歩み寄って、その横に備え付けられた金属の柱を握りしめて、身体を固くして突っ立つのが精一杯。目はひたすら窓の外に向けて、「早く目的の駅に着いてくれ」と念じた。

悪夢の中を彷徨ったような気分で降りたが、半村良の怪異譚の名品「箪笥」を連想させるような恐怖と、「一体どういう人達だったのだろう?」という疑問が、当分の間、消えずにいた。

後になって、あれらの人々は、某宗教団体の早朝のお勤め(慈善活動)のために始発電車に皆で乗って目的地に向かっていた、と知ることとなった。善良な立派な心がけの人々なのである。

それにしても、どなたかおしゃべりをする方がいてほしかった……。驚かさないでくださいよ……。

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