シェイクスピア劇場の思い出(3)

文学

30代の半ばに3年間ほど、ある劇作家・演出家の新作上演のための舞台づくりに、演出助手(のまねごと的お手伝い?)として関わったことがある。演劇活動とは何の関わりも持たずにきた私なのに、何かしらのセンスがあることを見込まれたのだろう。

基本的には演出家の指示通りにこまごまと動く雑用係なのだが、時には特定の場面でのある具体的な演出に対して意見を求められることもあったし、また、俳優さんが個別に自分のセリフを練習をする際に、台本片手に相手役を務めつつ助言をするということもあった。

台本だけからは想像もできないような、リアルで濃密な、その作品に特異的な時空間が、演出家の指示が積み重なっていくことで、次第に築かれていくさまは、はじめはその作品のなかのセリフや動作にどのような意図が込められているのかさえも判然としない所があっただけに、一種のマジックを観ているのに近い感覚を覚えるものだ。

こうした集団的創造のプロセスの生々しさを、最も鮮烈に体験するのは、おそらく演劇の舞台づくりにおいてだろうと、私は思っている。

こうした経験ができただけでも十分よかったのだが、別役実の新作を3作品も、招待されて間近で観劇したり、そのうちの一作品に対して頼まれもしないで劇評を書いたところ、演出家にえらく褒めていただいたり、ということもあった。

公演準備のなかで、出演する女優さんのなかに有名どころの方もいて、ドキドキしながら言葉をかわす機会もあった。(そのうちの一人が、女優の冨士眞奈美さんで、彼女は私の母の長年のファンであった人だ。)

その後、演劇と直接関わることはなく、観劇する機会も減ってしまったが―経済的余裕がないのでもっぱらNHKBSの「プレミアム・ステージ」を観て憂さを晴らすように(?)している……。この全作品踏破の経験は、その後、主として西洋演劇史上の、そしてまた日本の近代劇の、主要作品を読んでいこうとする原動力となったことは言うまでもないだろう。

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