聴こえなかったと後で感じる音

省察

ルイザ・ボラック (Luiza Borac)という、現役で活躍しているルーマニア出身の女性ピアニストの演奏を初めて聴いて、ちょっと驚くことがあった。大変高い技量を持つピアニストなのだが、ちょっと弾き方にクセのようなものがあり、そのためなのかどうか、これまで何度も聴いてまったく耳に馴染んでいるはずのラヴェルの「夜のガスパール」の第1曲「水の精(オンディーヌ)」が奏でられるのを聴きながら、微かながら「あれ、こんな音あったっけ?」と思える所があり、びっくりした。楽譜で確かめてみると、もちろんその音は譜面に記されている。ということは、その音は確かに弾かれているのだけど、なんらかの理由で他の音に埋没したようになってしまっていて、自分には「聴こえていない」音になっていたのだ。


高級なオーディオで高品質に録音されたオーケストラの演奏などでは、時々こういう現象を体験することがある(「うわぁ、こんな音までクリアに聴こえてくる」といった感じ)。でも、ピアノではこれはめったに起こらない。

面白いのは、一度「あっ、この音が聞こえた」となると、今まで聴こえなかったはずの演奏でも「聞こえる」ようになることだ。「聴く」という行為の中に、自分なりのあるイメージを作る作業が進行していて、一度そのイメージができてしまうと(好きな同じ演奏をくり返し聞くことで特にそのイメージが強化されるのかもしれない)、「聞こえている」音の中からそのイメージに沿った音を無意識に選択しながら「聴く」ようになっているのかもしれない。

では、その選択に違和感を突きつけて、「こんな音もあったのか」と思わせるのは、いったい何が作用しているからなのか?

面白い問題だと思うが、自分にはまだわかないままだ。

タイトルとURLをコピーしました