実らなかった恋愛を人は他人に語りたがらないものだ。でも、実らなかったがための、つれなくも心残りするその程度は様々であれ、実ることへの期待を秘めて身を焦がしていた時期に、その想いと深く交錯するある特定の音楽があったとすれば、時間を経て、その恋情は冷めてしまったとしても、その音楽を聴けば、恋情を抱いていたその時の自分の心の高揚が蘇ってくる―そうしたことは誰にでもあるように思われる。
私には、幸か不幸かそのような曲がいくつかあって、それを聴くと、その時の自分が相手に対して抱いていた想い ―それが実るかどうか不安ながらもやはり幸福感に包まれていた― を蘇らせ、それが刻まれた特定の場所・情景のなかに自分が立ち戻ってしまうような感覚に襲われる。
そのいくつかの曲を並べてみよう。
*カプースチンのピアノソナタ第1番の第1楽章。S駅で降りて、相手に会いに行く道すがら。S駅を降りるたびに思い出す。
*波多野睦美が歌う「アルフォンシーナと海」。相手のお父様ががんで余命短しの時期に、喫茶店で会った際、相手が急に泣き出して、「どうにも支えになれていないのだ」と痛感させられた場面。故郷に戻ると聞き、それでこのCDを贈った。(CDのジャケットのデザインも気に入ってもらえるのでは、と期待した。)

*フォーレの夜想曲の第1番から第3番あたりまで。相手に会えないのがあまりに辛くて、無理やり用をこしらえて相手に(勇気を振り絞って?)電話して会ってもらった、その電話するまでの間に聞いていていたリビングの窓際。
*タッド・ガーフィンクルの「祈・望・幻・想」というCD。T駅近くに住んでいる相手に、時々会うことができて、そこに向かう車中で、柱にもたれて窓から夕方の景色を眺めながら、ウォークマンで聴いている姿。
*ラターの「羊飼いの笛のキャロル」。F駅近くのビルの屋上で、相手にこのCDをプレゼント。小さい息子さんと一緒に遊んだその情景。これについては以前このブログで触れた。
https://uedaakifumi.shiminkagaku.org/20231029-2/


