二人の間に亀裂が入って、交換日記も渡せなくなったのは、皮肉なことに、この「好き」をお互いに意識してそのことを対象化させられる、ある出来事がきっかけだった。
私より1学年下にCさんという女生徒がいた。なんとなく私に好意を持っているのかな、と感じることはあったが、私の方はそれをまったく気にすることなく過ごしていた。ところが、Cさんが中学の卒業旅行で赴いた先で、あるお土産を買い、学校に戻ったある日に、それを私にプレゼントした。私のいる高1の教室にまで、中3の女の子がわざわざプレゼントを渡しに来てくれる、というだけで、ちょっと周りの話題になった感じだったが、驚いたのは、家に帰ってその包を開いてみると、箱に入っていたある置物がかなり高価なもの―当時の中学生としてはあり得ない数千円ほどのもの―であったことだ。私は、慌ててそれを包み直し、「気持ちはありがたいけれど、受け取れません」とか何とか記した手紙を添えて、次の日のそれをCさんに返した。Cさんの落胆ぶりと、私のそっけない行為が校内で話題になっただろうことは言うまでもない―私は極力外からの「雑音」には耳を貸さないようにしたけれど。
この出来事はAさんの耳にも入った。交換日記でAさんは「Cさんからのプレゼントを突き返したということですが、上田さんはCさんのお話を聞いてあげたのですか?」といった切り出し方で、いくつかの疑問を突きつけてきた。私はきっと、「Cさんの気持ちを無視するわけではないけれど、受け取ってしまうと、Cさんだけが特別な人になってしまうから」とか何とか、困惑しながら必死に弁解したのだと思う。そんなやり取りが2,3回続いた後、遂にAさんは「では、もし私がそれと同じものをプレゼントしたら、受け取りますか?」と尋ねてきた。私は、ああこれでお互いに好きという気持ちをやりとりしてそれを確認しあえることになるのだ、と思い、「もちろん、受け取ります」と答えた。ところがAさんの答えは私の期待とは180度違ったもので、「上田さんは間違っていると思います」「相手によって態度を変えるのは正しいことでしょうか?」「私は(上田さんにとって)特別の人ではありません」といった、納得でできない、承服できない、というどこまでも頑ななものだった……。私はどう返信していいのかわからず、ノートが返せないままになった。そんな態度にAさんも次第に気持ちが冷めてしまったのかもしれない。