時々、銭湯にまつわる思い出を書いてみようと思う。
私が高校2年の時に一家で引っ越すまで、生まれてからずっと、銭湯を使ってきた(家に内風呂がなかった)。そのことの自分に与えた影響は、思いのほか大きいのではないか、と私は考えている。
私が、銭湯という日本に長く続いてきた慣習に対して、特にそれが現在、多くの町から消えようとしている状況に対して、どのような思いを持っているかは、以前に短い文章にまとめたことがある(「銭湯からみえるコミュニティの未来」)。
忘れられない出来事の一つは、停電が起こった時のことだ。10歳くらいの時のことだったと思う。真っ暗な中で、まったく無防備な裸でいるわけだから、誰も一切動けない。でも周りに人がいるから、怖くはない。ボソボソと話し声が聞こえる。そんななか、店主が懐中電灯を照らして浴場に入ってきて「大丈夫ですから」とか何とか言いながら、燭台に立てた何本もの蝋燭に火を付けてそれを等間隔で並べていく。みるみる幻想的なイルミネーションが広がり、まったく普段とは違う雰囲気のなかで、湯に浸かり、身体を洗うことになった。停電のためにこんなにたくさんの蝋燭を用意していたのだ、ということも知らなかったが、写真に撮って残しておきたいような、素晴らしい光景が出現したことに心底驚いた。おそらく一生に一度の貴重な体験、ということになるだろう。