ある作品との忘れられない出会いがあったにもかかわらず、今はそれを手にすることも再体験することもできない場合がある。あくまでもどこまでも個人的なそうした事例を、備忘録的に記しておこう。
鶉野昭彦という演出家・劇作家・シナリオライターがいる。テレビドラマ、ラジオドラマの脚本もたくさん書いてきた人で、もしご存命ならかなりご高齢であるはずだ。ネットで調べてもその詳しいプロフィールは出てこない。芸術祭賞をいくつも獲った人だから、決して「無名」の方ではない。
著書は二冊あって、『星の溜息』という演劇論にはラジオドラマ「紅い鳥・ひとり」の脚本と戯曲「希望」が、『赤い鳳仙花―新屋英子に恋をして』という回想記には戯曲「赤い鳳仙花」が収められている。しかし、読めるのはそれだけで、90年代初めにおそらく彼が中心になって立ち上げた、大阪市民劇団「かけはし座」も、今はどうなっているのか、わからない(ネットで確認できる公演演目の記録は2009年で止まっている)。彼のお連れ合いであった女優の新屋英子さんが2016年に亡くなり、お二人の間に生まれた娘さんで、女優として活躍された鶉野樹理さんという方も2019年に病気で急死なさっている。
鶉野昭彦に、私はNHKのラジオドラマ番組で出会った。聴いたのは4作品だったが、そのどれもが面白かったし、出演者たちから時として飛び出す、しゃべりの過激な「怪演」に、圧倒される部分も多々あった。ラジオドラマにしかできないいろいろな仕掛けもあった。今もラジオドラマを聴き続けている私にとって、そのかなりの作品が平板に思えてしまうのは、この鶉野作品の台詞とストーリー展開の独特の躍動感やユーモアが、強い印象を私に刻んでいるからかもしれない。
しかし残念なことに、それらを収録していたカセットテープを、引っ越しに際して一切を処分することにした音楽のカセットテープに紛れ込ませてしまい、すべて失ってしまった。幸い「紅い鳥・ひとり」だけ「ニコニコ動画」で聴くことができるが、「飛びます」「○○の男」(←正確なタイトルを失念している)「穴を掘る」は、もう聴くことができない。
NHKもラジオドラマはずいぶんと前から放送しているはずなのに、その膨大な放送作品群のアーカイブがどうなっているのか、一般の視聴者にはまったくわからない(タイトルさえも検索できない)。
どなたか、鶉野作品について、何かをご存知の方がいたら教えてほしい。この人は、どうも私の直感では、マスコミや商業演劇の世界とは縁を切って、独自の民衆演劇活動に晩年をかけた方のように思える。ラジオドラマで垣間見えたその独特の才能と信念が、何にどう向かっていたのか、できれば少しだけでも知りたいのだ。