『家族ケア』には図書紹介と映画紹介のコーナーがあります。「どうして音楽はないの?」という質問が編集部に寄せられているかどうかはわからないのですが、新年というタイミングにかこつけて、この誌面をお借りしてCD紹介をさせていただきます。
私にとって音楽は、趣味というよりそれなくしては自分が干からびてしまいそうな不可欠な心の糧です。「家が裕福だったら絶対、音楽家になっていたのに」というのが自分に対する慰み言で、その恨みを晴らすべく、とにかく徹底的に聴いて身体に音楽を染み込ませることが長い間の日課になりました。カセットテープは約2000本、CDやMDはあわせて3000枚くらいあります(主にクラシック)。好きになった曲(一体何曲あるのでしょう?)は長い曲でも、始めから終わりまでメロディーを暗唱できるというのが、私の特技です。まったく何の役にも立たない特技ですが、何かの機会に「音楽選び」をする必要に迫られた友人たちがこの特技を重宝してくれることもあります。
それにしても音楽は不思議な存在です。音楽は聴く者に魂の高揚と慰めを与え、心の平安と秩序を呼び覚ますことができます。物理的にみれば単なる空気の振動にすぎない音のつらなりが人間の精神を深く揺り動かすことがある、という現象は、考えてみればこの世で最も神秘的なことの一つであるように思えます。
このたびは、多くの人に愛され、また初めて聴く人でもなじみやすいピアノ曲を選んでみました。2003年に出会った、とっておきの3枚です。いずれも日本人女性の演奏ですが、この3枚の演奏にはどこか共通点があるような気がしてなりません。壮麗な建築物を思わせる構築性、力んだ感じのしないシャープな力強さ、細部にまで神経を通わせ切っていながら流麗そのものであること……いずれも、深く考え抜いたことを「絶対にこれしかない」やり方で表現しているように感じらます。つまり非常に説得力のある演奏なのです。私はこれらの曲を10人以上の別の演奏家で聴いたことがある経験をふまえてこのように述べているのですが、この3枚は間違いなく私の中では最高位にランクされる演奏です。
●高橋多佳子:ショパン作品集『ショパンの旅路Ⅴ 霊感の泉 ノアンとパリⅡ』
(1.バラード第4番ヘ短調op.52、2.即興曲第3番変ト長調op.51、3.スケルツォ第4番ホ長調op.54、4.ノクターン変ホ長調op.55-2、5.幻想曲ヘ短調op.49、6.3つのマズルカop.56、7.ポロネーズ第6番変イ長調「英雄」op.53、8.子守歌変ニ長調op.57)◆来年3月にエクストンレーベルから再発売
2000年に録音が開始されて今回で5枚目になった「ショパンの旅路」のシリーズですが、第Ⅰ集の作品10の練習曲集を聴いた時からして飛びぬけてレベルの高い演奏だとわかってはいました。ですが、この度の新譜を聴くに及んで「これはほんとにショパン演奏史上の偉業になるかもしれない」と感じさせられました。
冒頭で演奏している「バラード第4番」を高橋さんはどこかで「ピアノ独奏曲の頂点かも……」とおっしゃっていたように思いますが、それは措くとしても、確かにこの演奏で聴くとそのような気がしてくるのは本当です。その説得力は曲全体の中での細部の計量と意味付けが徹底しているところから来ます。高橋さんは編年的にショパンを演奏することで自分なりの発見を積み重ねているように思われるのです。ショパンを弾いたCDでこのCDほど繰り返して聴いたものはありません。高橋さんからいただいたお手紙には「CDの制作は録音だけではなく編集もとても大変な作業です」と記してありましたが、近々ワルシャワのフィルハーモニーホールで『ショパンの旅路Ⅵ』のレコーディングに臨まれるとのこと。今の水準を維持して素晴らしい録音を作ってほしいと心から願わずにはおれません。高橋さんが奏でるピアノ・ソナタ第3番や舟歌などはどんな具合になるのでしょうか。ほんとに楽しみです。
●小山実稚恵:ラフマニノフ作品集
(1.ピアノ協奏曲第3番ニ短調 作品30 モスクワ放送交響楽団、指揮:ウラディーミル・フェドセーエフ、2.ピアノ・ソナタ第2番変ロ短調 作品36(1913年初版))◆ソニー・クラシカル
これは、小山さんが満を持して放った自信作に思えます。ピアノ協奏曲の名品はモーツアルト、ベートーヴェンからシューマンやリストをへてラヴェルやプロコフィエフ、バルトークまで50曲近くはすぐに思い浮かぶのですが、この曲はそうした名品の中でもひときわ大きく聳え立つ、極めつけの大曲です。ただし、一流のピアニストでもおいそれと演奏会でとりあげるわけにはいかない屈指の難曲で、先の高橋さんに言わせると「K-1のリングに上がり、あのボブ・サップと対決するくらいの覚悟が必要なのです」。とにかくピアノの音符の多いこと、多いこと(楽譜全体が黒っぽく見えます)。中村紘子さんが数えあげたところ(中村紘子著『ピアニストという蛮族がいる』)、なんと28736個だそうです。「この曲には(ピアノの音楽の)すべてがある」とあるピアニストが語っていたのを聞いたことがありますし、この曲にとりつかれてしまって精神を病んでしまったピアニスト(映画『シャイン』の主人公)もいます。
冒頭からすぐにピアノで奏でられる主題は数あるピアノ協奏曲の中でもおそらくもっとも地味で単純なのですが、一楽章の強靭極まりない音の大伽藍ともいうべきカデンツァ(これを弾き切ってみたいと思わないピアニストはいるのでしょうか?)にも、第二楽章のまるで大きな渦巻きに飲み込まれるような音のうねりの中にも(壮大な日没を前にしたような胸を締め付ける郷愁感に満ちた歌をオーケストラと一緒に歌います)、そして第三楽章では夢想的雰囲気の中で自由に飛び跳ね戯れる中間部をはさみながら(1,2楽章を回顧する循環的な手法が生かされている)ピアノがオーケストラと張り合って進める決然たる歩みにも、すべてにその旋律が生かされていて、聴けば聴くほどに有機的な統一が見事にはかられていることがわかります。
小山さんの演奏は、1音もゆるがせにしない堂々たるもの。アルゲリッチの1983年ライブ録音の名演が言ってみれば一触即発の生々しさで迫ってくるタイプだとすれば(演奏スピードもえらく速い)、小山さんの演奏は計算し尽くした周到さで曲全体を統率しようとするその意志力がこちらに伝わってくる、また違った意味での緊張感にあふれた名演だと言えるでしょう。
●児玉麻里:ベートーヴェン作品集
(1.ピアノ・ソナタ第21番ハ長調op. 53「ワルトシュタイン」、2.ピアノ・ソナタ第3番ヘ短調op. 57「熱情」、3.ピアノ・ソナタ第26番変ホ長調 op. 81a「告別」)◆PentaTone Classics
児玉さんは初めて聴くピアニストです。まだとても若い方のように見受けられますが、「ベートーヴェンをこんなに生きのいいピチピチした感じで弾くことができるなんて!」と驚きを隠せないでいます。今年から浜離宮朝日ホールでベートーヴェンのピアノ・ソナタ全曲演奏会(2003年11月から2006年11月にかけて7回開催)を予定しているという方だけに、きっと“私が明らかにしたいベートーヴェンの姿”がこの人の中にあるのでしょう。中期のこの3曲を聴いただけではまだはっきりとそれが何であるかを言い当てることはできませんが、“どんなに美しい歌が整然たる構築性の中に宿るものであるか”を示そうとしていることは確実だと思います。この先の取り組みに大きな期待を抱かせるピアニストです。
●番外編:バリオスのギター曲「最後のトレモロ」
(カリン・シャープ 『伝説』(1.アルベニス:「アストゥリアス」(伝説)、2.バリオス:「神の愛のために施しを」(グラン・トレモロ)ほか全12曲)◆ワーナーミュージック・ジャパン)
バリオス=マンゴレ(1885~1944)というパラグアイのギター奏者・作曲家の曲で「最後のトレモロ」という名で知られる3分ほどのギター独奏曲です。有名なタレガの「アルハンブラの思い出」と同じく全編トレモロで奏でられるのですが、亡くなる前の最後の曲です。彼が晩年を過ごしたエルサルバドルで、物乞いをする老婆が彼の家を訪ねる時に語っていた決まり文句「神様のご愛情にめんじてどうかお恵みを-Una limosna por el amor de Dios」にヒントを得たものといわれています。私は1年ほど前に初めてこの曲を聴いて、これまでに聴いたギター音楽の中で最高に美しい曲の一つだろうと感じました。
冒頭からトレモロで切なく美しい短調のメロディが奏でられ、それが少し形を変えて繰り返されるのですが、こうした流れのところどころで、微妙なさりげない転調が挟み込まれていて、それが感情のかすかな揺れを導くのです。主旋律がまた形を変えて高い音域に移行しながら痛切な感情の昂ぶりを示します。なんの衒いも誇張もない真実味を帯びたこの痛切さは祈りの表現でしょうか。それが潮が引けるように退いていくと、まるで天高く美しい青空に吸い込まれていくような気持ちにさせる終結部が来ます。たった3分間なのに、息の長い一つの語りを聴かされたような感動に包まれます。
ドイツ生まれでオーストラリアを本拠に活躍する若手女性ギターリスト、カリン・シャープの極めて精度が高く、物語る力の強い演奏で味わってみてください。


