制服が嫌い

生活

制服が嫌いだ。

職業的な目印としての制服は必要だと思うし、機能的にもよく考えられ、しつらえたものが多いだろうから、それは大いに結構だと思う。しかし、学校に制服が必要だとは思えない。世界中の学校でかたくなに制服を守り通しているのは、かなり少数なのではないだろうか。日本の小中高は、ひょっとして世界のなかでも制服の採用率が高いのではないか、という気がする。

どんな理由があるにしろ、もし制服を生徒たちに強要するのなら、その費用は公立なら学校(あるいは自治体)が負担すべきだろう。ランドセルも同様だ。制服やランドセルが“学校ご用達”の業者がいて、少子化もあって、ますますその専有的な収益体制にしがみつこうとする状態が生まれているのではないかと想像するが、それ自体、あまり健全なことではないだろう。

子どもたちがどんな服を着て、どんな鞄を使うかを自分で決めさせないことは、どう考えても変だし、親に買ってもらうとしても、何をどう選ぶかを親子で一緒に考えることに、子どもの成長の一つの契機があると思う。

私が自分で普段常用するリュック(ディパック)は、おそらくここ30年ほどで10回ほど買い替えてきたと思うが、買い替えの度に「ここはこう改善されたものが欲しいな」と自分なりの用途に合うものを探し続けた結果、今の品に至っていることがわかる(だから、今使っているモノに対する満足度が高い)。これが仮に統一規格の支給品だったりすると、そもそも“自分なりの用途”を創り出していこうと意欲は持てないだろう。

ちょっと派手で目立ってしまっても、あるいは流行遅れでかえって目立ってしまうようなものであっても、それは一向にかまわない。「自分にとって納得のいくよさがあるのだ」と思えることが大事なのだと思う。

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