『全集 樋口一葉』を手にして

本の話

もしあなたが日本の近代文学が好きで、古書店で安い値段で見つけたら、買っておくといいかな、と思える本の一つが、『全集 樋口一葉』という小学館の4巻本である(そのうちの3巻が小説と日記にあてられている)。文語文をすらすらと読めるようになるには、それなりの修練(注釈本に頼りながらもそれなりの数の古典を読み通した経験)と、古語辞典などをマメに引く労力が必要だと思うが、この1979年に初版が出て、その後1996年に新装版が出た全集は、注釈やふりがな、段落分けなどにいろいろ工夫が凝らされていて、誰でも通読できるものとなっている(朗読もしやすい)。

言文一致が当たり前になる前の、こうした文語体の優れた短編小説に慣れ親しむことは―一葉には1つだけだけ口語体の作品があるが―日本語の文学への扉を大きく開くきっかけになるように思われてならない。

でも何故樋口一葉か? もちろん人によっては明治期の他の文豪たちの文語体作品を挙げる人も多いだろうし、そうした作家の読みやすく編集された選集も何種類もあったりする。でも一葉は、紫式部に次ぐと言えるくらいの文才がありながら夭折し(亡くなったのは1896年で24歳)、19世紀まででは平安朝期を除いて極めてまれだった女性作家のうちで職業的小説家の嚆矢となった存在で、その作品と暮らしぶりや人間関係から、当時の日本の様々な世相や風景が見えてきて、格別な味わい深さがあるからだ、と私は思っている。

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